1989年(平成元年)、本の値札が変わった

1989年4月1日。前日から書店に並んでいた本は同じでも、会計で支払う金額が変わりました。3月31日までの定価が印刷された本には、レジで3%の消費税が加えられます。

それまでなかった1円単位の端数が生まれ、出版社はカバーの交換や価格シールの貼付に追われました。取次会社でも、新しい価格の本と古い価格の本を仕分ける作業が始まりました。

定価1000円の値札が1030円へ貼り替えられる本の挿絵

その3か月前には、昭和から平成へ元号が変わっています。11月には、東ベルリンの国境検問所が開かれました。

同じ年のベストセラー資料には、吉本ばななの小説が4冊入っています。『一杯のかけそば』も広く読まれました。当時の出版記録と公的資料をもとに、1989年の出来事と本をたどります。

1989年の主な出来事

日付 出来事
1月7日 昭和天皇が崩御。皇太子明仁親王が即位
1月8日 平成へ改元
2月24日 昭和天皇の大喪の礼
4月1日 消費税が税率3%で導入
6月4日 北京で天安門事件
11月9日 東西ベルリンの国境検問所が開放
12月 ルーマニアでチャウシェスク政権が崩壊
12月29日 日経平均株価が38,915円87銭を記録

昭和から平成へ

1989年は、昭和64年として始まりました。

1月7日午前6時33分、昭和天皇が87歳で崩御しました。同日、皇太子明仁親王が即位し、翌8日に元号が平成へ変わりました。2月24日には大喪の礼が行われています。

昭和64年は、1月1日から7日までの7日間でした。

「平成」と書かれた卓上カレンダーの挿絵

年の初めに一つの時代が終わり、書店には昭和天皇の回顧録や昭和史、新聞社が制作した写真集や記録集が並びました。改元が行われるなかで、昭和を記録し、後世に残そうとする本が相次いで刊行されました。

消費税導入までの経緯

消費税をめぐる議論は、1979年の「一般消費税」にさかのぼります。1989年の導入までには、約10年にわたる政治的な議論がありました。

年 導入をめぐる動き
1979年 大平正芳内閣が「一般消費税」の導入を目指したが、衆議院選挙後に断念
1987年 中曽根康弘内閣が「売上税法案」を国会へ提出したが、審議入りできないまま廃案
1988年 竹下登内閣の税制改革関連法が成立
1989年4月1日 消費税を税率3%で実施

政府が目的として掲げたのは、所得税に偏っていた税の仕組みを改め、所得・消費・資産への課税を組み合わせることでした。高齢化などの社会変化に対応できる、安定した税制をつくるという説明も行われました。

新しい間接税には反対もありました。低所得者ほど負担を重く感じやすいこと、物価への影響、事業者に新たな事務作業が発生することなどが争点になりました。

1989年の税制改正では、消費税の導入とともに、所得税と法人税の減税も行われました。それまで特定の商品に課されていた物品税なども廃止されています。財務省は後年、一連の改正を合計すると、全体では減税だったと整理しています。

消費税が導入された当時、日本経済はバブル景気の拡張局面にありました。内閣府の景気基準日付では、1986年11月から1991年2月までが景気の拡張期です。日経平均株価は、消費税導入から約9か月後の1989年12月29日に38,915円87銭を記録しました。

書店と出版流通で始まった価格対応

能勢仁『平成出版データブック』は、1989年の出版界について、次の一文から書き始めています。

「平成は混乱の幕開けであった。」

同書によると、古い定価が印刷された本は、4月1日から店頭で3%を加えて販売されました。

端数の計算や会計の間違いが起こり、出版社は在庫本のカバーを交換したり、価格シールを貼ったりしました。社員が通常の仕事を終えたあと、倉庫へ作業に向かう出版社もあったといいます。

本が返品箱へ戻る様子の挿絵

取次会社では、返品を処理しながら、新しい定価の本と古い定価の本を仕分けました。書店では、重版の遅れや新刊の減少も売上に影響しました。

国会で決まった税制は、値札や伝票、返品箱を一つずつ処理する仕事となって、出版の現場に届きました。

11月9日、ベルリンの検問所が開いた

1989年夏以降、東ドイツの市民が、ハンガリーやチェコスロバキアを経由して西側へ移るようになりました。9月からはライプツィヒで月曜デモが続き、旅行や表現の自由を求める声が大きくなっていきます。

東ドイツの指導部は11月9日、新しい出国規則を準備しました。しかし、発表の手順や規則を始める時刻は、現場へ十分に伝わっていませんでした。

同日の夕方、政治局員のギュンター・シャボフスキーが記者会見を行いました。新しい規則がいつ始まるのかと問われたシャボフスキーは、「直ちに、遅滞なく」と答えます。

その映像がテレビで流れると、市民が国境検問所へ向かいました。しかし国境警備隊には、集まった人々をどう扱うのか、明確な命令が届いていませんでした。

壁の開口部を人々が通る挿絵

ボルンホルマー通りの検問所では、午後9時20分ごろから一部の市民を通し始めました。日付が変わるころまでには、ベルリンにあるすべての検問所が開きました。

この検問所の開放が、現在「ベルリンの壁崩壊」と呼ばれている出来事です。コンクリートの壁そのものは一夜ですべて撤去されたわけではなく、取り壊しはその後も続きました。

1989年の吉本ばなな現象

1989年のベストセラー資料には、吉本ばななの『TUGUMI』『キッチン』『白河夜船』『哀しい予感』が入っています。

吉本ばななは1964年生まれ。1987年に『キッチン』でデビューしました。1989年3月に『TUGUMI』を刊行したときは24歳です。

4冊の本に囲まれて読む人の挿絵

『TUGUMI』は同年5月に山本周五郎賞を受賞しました。中央公論新社の社史には、172万部を記録した作品として残されています。

4冊の概要は次のとおりです。

書名 形式と内容
『キッチン』 祖母を亡くしたみかげが、台所をよりどころに、雄一とその家族との暮らしのなかで喪失を抱え直していく中編小説
『TUGUMI』 海辺の町を離れたまりあが、病弱で気性の激しい従妹つぐみと過ごす最後の夏を描いた長編小説
『白河夜船』 恋人の死や深い眠りを題材にした、「眠り」をめぐる3編を収めた中編集
『哀しい予感』 19歳の弥生が、叔母のゆきのと自分の失われた記憶をたどり、家族の過去へ近づいていく長編小説

これらの小説には、身近な人の死、家族の記憶、眠り、日々の食事などが繰り返し登場します。

この時期に広がった読者は、その後、海外へも広がっていきました。吉本ばななの作品は、これまでに30を超える国と地域で翻訳されています。

『一杯のかけそば』の広がり

1989年には、栗良平の『一杯のかけそば』も広く読まれました。

舞台は大晦日の蕎麦店です。母親と二人の子どもが、一杯の蕎麦を分け合う物語が描かれています。

一杯のそばを3人で囲む挿絵

テレビや新聞で取り上げられ、映画も制作されました。『平成出版データブック』には、半年間で94万部を売ったと記録されています。

吉本ばななの4作品とともに、この家族の物語も1989年のベストセラー資料に残されています。

1989年のベストセラー資料に載る10点

10冊の本から1冊を手に取る挿絵

『平成出版データブック』の1989年欄には、次の10点が記録されています。

このなかには、1989年に刊行された新刊だけでなく、それ以前に刊行され、1989年にも読み続けられた本が含まれています。

著者 書名 当時の出版社表記
吉本ばなな 『TUGUMI』 中央公論社
吉本ばなな 『キッチン』 福武書店
津本陽 『下天は夢か』1~4 日本経済新聞社
村上春樹 『ノルウェイの森』上下 講談社
井上靖 『孔子』 新潮社
吉本ばなな 『白河夜船』 福武書店
藤村由加 『人麻呂の暗号』 新潮社
吉本ばなな 『哀しい予感』 角川書店
栗良平 『栗良平作品集2 一杯のかけそば』 栗っこの会
シドニィ・シェルダン 『時間の砂』上下 アカデミー出版サービス

1989年の文学賞

賞 回 受賞作
芥川賞 第101回 該当作なし
芥川賞 第102回 瀧澤美恵子『ネコババのいる町で』、大岡玲『表層生活』
直木賞 第101回 ねじめ正一『高円寺純情商店街』、笹倉明『遠い国からの殺人者』
直木賞 第102回 星川清司『小伝抄』、原尞『私が殺した少女』
本と賞のリボンの挿絵

『平成出版データブック』には、このほかの出版賞も記録されています。

第43回毎日出版文化賞では、犬養道子『国境線上で考える』、米本昌平『遺伝管理社会』、網野善彦ほか編『瓜と龍蛇』が選ばれました。

第24回新風賞は、吉本ばなな『TUGUMI』と『大辞林』。第5回梓会出版文化賞は、ミネルヴァ書房が受賞しています。

1989年の出版規模と流通

『平成出版データブック』に収録されている1989年の出版統計は、次のとおりです。

区分 点数 平均定価 発行部数 実売部数 返品率 実売金額
書籍 39,698点 2,609円 136,648万部 89,641万部 34.4% 79,691,149万円
雑誌 3,864点 357円 430,099万部 341,069万部 20.7% 121,761,629万円

国立国会図書館のレファレンス協同データベースによると、この種の出版統計には、異なる資料をもとにした数字が並んでいます。

発行点数と平均定価は、『出版年鑑』に収録された書目をもとに算出されます。一方、発行部数や実売部数、返品、販売金額は、取次会社の資料をもとにした推計です。

書籍の平均定価2,609円は、収録された書目の定価をもとにした数字です。

実売金額を実売部数で割ると、実際に売れた本一冊当たりの金額が計算できます。1989年の書籍では、約7,969億円を8億9,641万部で割り、一冊当たり約889円となります。

この数字には、価格が安く、販売部数の多い本が強く反映されます。そのため、書目をもとにした平均定価とは数字の性格が異なります。

雑誌では、実売金額を実売部数で割った金額が約357円となり、表にある平均定価とほぼ同じです。

なお、ここにある実売部数と実売金額は、全国の書店のレジを一件ずつ合計した数字ではありません。取次会社の資料をもとに推計された数字です。

書籍の返品率は34.4%でした。発行部数136,648万部に対し、実際に売れたのは89,641万部です。流通に出た書籍のおよそ3分の1が、返品として戻った計算になります。

消費税への対応が始まった1989年、出版社や取次会社、書店では、新旧価格の仕分けとともに、こうした大量の返品も処理されていました。

出版記録の中の1989年

1989年1月には、昭和を記録する本の刊行が相次ぎました。4月には、倉庫に保管されていた本に新しい価格が貼られました。11月には、ベルリンの国境検問所が開放されました。

その間、書店では吉本ばななの小説と『一杯のかけそば』が売れ続けました。

改元を記録する本。古い価格を直すためのシール。書店から戻ってきた返品箱。そして、その年に多くの人が手に取った物語。

いずれも、1989年の出版記録に残っているものです。

1989年に読まれた本を一覧で見る →

出典

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